ロンドンの大英博物館で開催中の日本漫画の歩みを紹介する「Manga」展。企画した日英両国の関係者の工夫が随所に光り、普段漫画に慣れ親しんでいる日本人にも学ぶことが多い内容となっている。その一方で、同展関係者は漫画の「原画」が19世紀後半の浮世絵のように、海外に散逸する危険性も指摘している。
■魅力拡散を願い
「多くの英国人はまだ、漫画とアニメの区別が付いていないと思います」
同展仕掛け人のニコル・クーリッジ・ルマニエール教授がこう語るように、英国での漫画の認知度はまだ低い。独自の漫画文化を持つ隣国フランスと異なり、英国では「漫画は子供が読むもの」という見方が根強い。ロンドンで「浦沢直樹 ―漫画という芸術―」展を開催中の浦沢直樹さんも、英国を「欧州最後の漫画不毛の地」と表現する。
どうすれば漫画の魅力を英国の人に伝えられるのか―。展示から感じたのが、SNS(会員制交流サイト)への強い意識だ。館内は一部を除き撮影可能。『ドラゴンボール』の主人公・孫悟空などが描かれたパネルの前で、大勢の人が写真を撮り、SNSに掲載していた。撮った写真が漫画のコマ風に自動加工される撮影コーナーもあり、長蛇の列ができていた。ワクワクしたり、人に拡散したくなる仕掛けを盛り込むことで、学術一辺倒の展示となる恐れを防いでいた。
英ケント州から訪れたポピーさん(11)は「とても楽しかったし、来てよかった。特に『美少女戦士セーラームーン』の展示がすごくよかった」と話し、目を輝かせていた。
■日英「共同作品」
海外では史上最大規模となった同展。出版関係者は「海外での文化普及という大義名分があったからこそ、漫画家や各出版社などがオールジャパンで協力体制を築けた」と指摘する。
同展は大英側のニーズともマッチした。大英は世界各地から観光客が集まるが、主な来館者層は40~50代。最近はロンドンの美術館「テート・モダン」に入館者数トップの座を奪われており、若者の関心を集める展示を求めていた。
「何度も日本を訪れ、漫画家、編集者、出版社などと話し合いを進め、少しずつ内容を高めていった。展示場所こそ大英ですが、この展覧会は日本と英国の〝共同作品〟なのです」。ニコルさんはこう強調する。
■原画流出の恐れ
ただ、ニコルさんは、日本人でもあまりなじみのない、ある懸念を指摘する。ネットオークションなどを通じ、原画が海外に流出・散逸する恐れだ。
これまで日本では、原画は「印刷に供する版下」として、決して良い扱いはされなかった。収蔵場所に困り、作者の自宅の押し入れや、編集者のロッカーに無造作に詰め込まれているケースはまだマシなほう。ヒット作の場合は相続税が発生する可能性もあることから、安価で売却されたり、捨てられていたりしたケースもあった。
約22万枚の原画を保存する「横手市増田まんが美術館」(秋田県)のように、国内でも近年、保存の機運が芽生えつつあるが、その動きはまだ鈍い。
一方、日本発ポップカルチャーの世界的人気により、日本よりも海外の方が原画の価値を評価しているという皮肉な事態も生じ始めている。
現状は、19世紀後半に数十万ともいわれる浮世絵が海外に散逸した過去を想起させる。ニコルさんは「原画は芸術性の高い、れっきとしたアート。もっと大事にしてほしい」と訴える。
■今後は萌えも?
「漫画には、世界文化遺産になってほしいです」。こう漫画愛を語るニコルさん。「今回の展示でベース(基本)ができたので、これからはテーマを絞った展示を行いたい。『萌(も)え』や『漫画とデジタル』などもいいですね」と今後の目標を語った。
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「Manga」展は8月26日まで。会期中無休。大人19.5ポンド(約2700円)。